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HOME > 「キャリア教育支援プログラム」ご案内 > 宮古島・石垣島の子ども達と本土のこどもたちとの交換留学 >2007「偉人から学んだこと」作文コンクール優秀作品集

今回は「私の将来の夢」をテーマに作文を書いていただきました。多くの方のご応募いただきまして誠にありがとうございました。


 

【優秀賞】


小5 山本 梓央さん(大東校) 『私の将来の夢』
 私は、将来かんごしさんになりたいです。
 私は、小さい時、病気になりやすくて何回も入院をしたことがあります。私がとてもしんどい時にやさしく声をかけてくれたり、色々お世話をしてくれました。しんどい時、つらい時にやさしく声をかけてもらうと、すごくうれしかったし、気持ちも体もとても楽になりました。私は、しんどい人を助ける仕事は、とてもすてきだなぁと思いました。しんどい人を助けるのはとても大変だと思います。痛い事もするし、汚い事をしなければいけないかもしれないけど、それも病気の人を助けることなんだと思います。みんなが、いやがる事も、笑顔でやさしく、かんごしてくれるかんごしさんはとてもかっこいいし、そんけいできる人だなぁと思います。だからこそ、みんなにありがとうと感しゃしてもらえる人だと思います。人のためだけに、お世話をしたり、助けてあげたり、やさしくすることはとてもむずかしいことです。友達や、家族に心で思っていても、なかなかやさしくできなかったりします。だからこそ、私は、だれにでもやさしくできる人になりたいです。こまった人や、しんどい人を助けてあげられるかんごしさんになりたいです。そのために、これから自分ができることは、いっぱい勉強することと、友達や家族、体の不自由な人やこまっている人にやさしくすることだと思います。いつかありがとうと感しゃしてもらえるかんごしさんになりたいです。


小5 川上 萌里さん(王寺校) 『私の夢』
 私の将来の夢は、臨床心理士になることです。どうして臨床心理士になりたいのかと言うと、私の一つ年上のお兄ちゃんが自閉症という障害だからです。
 私は、物心ついた時から、お母さんが一生懸命お兄ちゃんに接する姿を見て来ました。世の中の人が「大変だろうなぁー。」と、思っている以上に、現実は、もっともっと大変で、お母さんは、いつも身体も心もボロボロでした。でも私達に、心配させないように、いつも笑顔で頑張っているのを、私は知っていました。
 そして今、お兄ちゃんは、小学六年生・・・・・・今から四年前に、お母さんは、「自分と同じ思いをしている親に、自分以上の辛い思いはしてほしくない。」と、障害を持った子供達の療育教室を通して、親の色々な相談に乗っています。お兄ちゃんのように、障害を持つ本人の支援をするのは、もちろんのこと、私も、そんな大変な、お母さん達の支援をしていきたいです。
 お母さんのそんな姿を見て、私も、いつかお兄ちゃんのように障害をもった子供達、そして、その家族の辛い思いを少しでも理解し、一緒に、乗りこえて行けるような臨床心理士になりたいです。
 そして、その療育教室で今、私も先生として・・・・・・障害のあるお兄ちゃんを持つ妹として、毎日精一杯頑張っています。
 だから必ず、臨床心理士になって、障害を持った人たちと、家族の心の支えになりたいです。


小6 田中 海斗くん(柏原校) 『教師になりたい』
   ぼくの将来の夢は、教師です。なぜかと言うと、今から三年前のぼくが小学三年生のころに理由があります。
 ある日のお昼休みの時に、ぼくはその時返された理科のテストの点数を、友達にからかわれて、ぼくは友達と喧かをしておたがいにひどい言葉をぶつけあいました。その日の放課後、担任の先生によびだされ、話合いをしました。ぼくは、おこられると思ってぐっと目を閉じました。しかし、先生はやさしく笑って、
「たまには感情的になるのもかまいません。後でおたがいに反省し、謝りあえば良いのですから。そうすればよりいっそう友情が深まるはずです。」
 その言葉を聞いたとたんに、ぼくたちは目に涙が出てきて、泣きそうになりながら、
「はい。」
と返事をしました。翌日その友達とは、先生が言った通り、とても仲良くなりました。ぼくは、ふと思いました。こんなすごい先生にも、必ず先生になろうと思った理由があるはずだ!と。そしてぼくはすぐ行動にうつり、先生が先生になろうと思った理由を聞きました。すると
「そうですねぇ、子供たちに生きる大切さを教えたかったからですね。私は最初頭がすごく悪かったんです。あまりにも悪いので、頭がむしゃくしゃしてました。すると、私の担任の先生が生きる大切さを教えてくれました。その日から、先生になりたくなって、とても勉強して大学に行き先生になったんです。」
 ぼくはその言葉に、とても強く心を打たれました。
 その二日間をきっかけに、ぼくは教師になりたいと、思うようになりました。これから先、教師になれるように一生けん命勉強にはげみたいと思います。そして、ぼくもなってみせます。子供達に生きる大切さを教える、「立派な教師」に。


小6 稗田 康貴くん(和泉中央校) 『地球を守りたい』
 ぼくの夢は環境大臣になることです。今、地球ではたくさんの環境問題があります。環境大臣とは、その環境について考える人の事です。
 今、テレビやニュースでガソリン税、国の借金など数えきれないほどの社会問題があります。でもぼくは、こんな事をしている場合か、といつも思っています。それは環境問題が重視されていないからです。その中でも特に「地球温暖化」が大きな問題だと思います。なぜなら地球あっての問題、地球あっての日本だと思うからです。なので、地球を保護するのが先だと思います。
 地球温暖化が進めば必ず人類は絶めつします。気温は上昇し、食料もなくなります。だからこのままだと絶対いけないと思います。ぼくが環境大臣になって、地球を守りたいです。ただなるだけでなく、りっぱな環境大臣になりたいです。
 そのためにぼくは、努力していることがあります。それは、地球の事を勉強していることです。地球をよく知らないと始まりません。ぼくは温暖化に関する新聞の記事を集めています。すると記事の中に、今、日本では平均気温が上昇しているとたくさん書いてありました。こういうことは、事の重大さを再認識できる、いいきっかけにもなります。
 このように、できることをすれば温暖化防止につながると思います。かんたんに言うとできることをやればよいのですから。
 ぼくが大人になってからも温暖化は進むだろうけど、ぼくが環境大臣になったら絶対に温暖化を止めたいです。地球を守るために。


小6 小林 由佳さん(春木校) 『夢をあげられる先生になるために』
「あっわかった。ありがとう!」
問題がわからなくて頭をかかえていた友達に、私がとき方を教えていたところだった。友達は私に笑顔でお礼を言ってくれた。とても嬉しかった。私は、むずかしい顔をしていた友達が、「わかった!」と笑顔になるのを見るのが好きだ。そして、「また教えてな。」と言われるのも好きだ。こういうことから私は、学校の先生になろうと思った。
 しかし、学校の先生になろうと思った理由はもう一つある。それは、四年の時のことだ。
私は、友達と先生と一緒に笑っていた。その先生はつまらないことでも笑って聞いてくれた。そして、勉強もわかりやすく教えてくれた。毎日学校へ行くのがとても楽しかった。
そして、大きらいな図工で「私がかいた絵は下手だからいやだな。」と言っていた時、先生は「それも個性だよ。」と言ってくれた。その一言で私は絵を、自信をもってかけるようになった。だから私は子ども達に夢や自信をあげられ、勉強だけでなく、いろいろなことを教えられる先生になりたい。そして心から本当に「先生」と呼ばれるようになりたい。
 そのために私は、今から小さな子たちと遊んだり、妹やその友達に勉強を教えたり、今まで以上の努力をしようと思う。それから、夢や自信をあげられるように、自分自身も心をきたえ、一生夢を持ち、いつも自信をもって行動できるようにがんばろうと思う。楽しい授業ができるように、楽しいことを学校でき画しよう。そういう身近なことからできる努力をみつけてがんばろうと思う。
 道で、私のもとをはなれて何十年とたった生徒が、「先生」と声をかけてくれるような先生になるために、十年後を信じて今できることからはじめていこうと思う。「私の教え子です。」と胸を張れる先生を目標にして。


小6 舟越 将哉くん(久米田校) 『十年後の自分』
 大学を卒業して、開発会社の社長になりたいです。というのは、色々な物を開発してみたいからです。一番に作りたいのは、ロボットです。そのロボットは、何でもできるロボットです。たとえば、料理やそうじ、せんたくなどの家事ができるロボットです。お母さんたちが「助かるわ」とよろこんでくれると思います。子どもたちとふれあう時間がいっぱいになるでしょう。そのロボットは、事故や災害の時に活躍できます。火事の現場に行って逃げおくれた人を助けたり、地震でくずれた家の中に入って人を助けたり、危険な仕事をしてくれるのです。他にも病気の人や、体の不自由な人、お年寄りの看護をしてくれます。そのために、丈夫なロボットでなければなりません。何回も何回も安全性を確かめます。
 次に、言っただけで、自動でその場所に行ってくれる自動車も作りたいです。信号や人を感知できて、事故のないように走ります。自動車でいねむりしていても大丈夫です。これで、体の不自由な人でも自由に好きな所へ行けると思うのです。もちろん、おじいちゃんもおばあちゃんも一人で好きな所へ行けるのです。飛行機も電車も自動で行けるようにしたいのです。そして、ロボットをいっぱい売って、全国に開発会社を建てたいです。外国の会社にロボットや自動車が認められて、外国にも会社を建てたいです。今度は外国でロボットを売ったり、自動車を売ったりして、みんながたのしく、幸せになってほしいです。
 今は、科学技術を戦争に使っていますが、もっと生活に役立ててほしいです。ぼくは、ロボットや自動車、飛行機、電車をもっと生活に役立てたいです。


中1 上品 華蓮さん(長尾校) 『私の将来の夢』
私の将来の夢は、アナウンサーになる事です。
 なぜかというと、人と話す事が好きだからです。でも、私は人前で話す事が苦手な方です。だけど、考え方によっては、「人前で話すのは苦手。でも、友達や家族と話すのは好き。じゃあ、み〜んな友達と思えばいいんじゃないのか?」と思いました。
 でも、そんなにかんたんにはいきません。やっぱり人前に出るとドキドキして、声も小さくなってしまいます。どうしても、それがコンプレックスで「直したい!」と思いました。そのためには何をすれば良いのか、と必死で考えました。その結果、目立つ事をして、人から注目をあびるのに慣れようと思いました。私はいろいろな事をしました。代表委員、修学旅行でのセレモニー係・・・・・。その結果、人前で話す事が少し好きになりました。人から見られるのはドキドキするけれど、その度に少し勇気が増えるような気がします。それは、私の勝手なかんちがいかもしれないけれど、確実に、私は成長していると思います。これからもいろいろな経験を通じて、成長していきたいと思います。
 絶対にアナウンサーになります。



中1 木山 愛理さん(放出校) 『本当の幸せ』
 「将来の夢は何ですか?」
 こう聞かれたら、今までの私は答えに困っていただろう。なりたい職業もなければ、こうなりたいという人物像もわからなかった。しかし、今の私なら、ちゃんとした答えがある。“スタイリスト”だ。
 私が、スタイリストという職業になりたいと思ったのは、小学六年生の時だ。姉に
「どの服がいい?」
と聞かれ、姉の服を選んでいたのだ。その時私は、服を選ぶことがすごく楽しくて、これを仕事にできたらいいな、と思った。これが、スタイリストになろうと思ったきっかけだった。
 それから、私はいろいろな雑誌を見たりして、スタイリストの仕事についてもいろいろ知るようになった。その仕事は、思っていたよりもずっと大変だった。年中休みはないし、いろいろな所に行ったりしなければならない。すごく大変そうだけど、私はこの仕事がやりたくてしょうがない。なぜなら、毎日同じことをして楽に過ごすより、毎日いろいろな所を飛び回って、走り回って過ごした方が、確実にやりがいを感じられる。そう思ったからだ。
 これから先、いろいろなことがあると思う。苦しいことだってたくさんあるはずだ。だけど、苦しいことを乗り越えたからこそ、本当の幸せをつかむことができるのだと私は思う。私は、本当の幸せを手に入れられるように、自分らしく、一生懸命頑張りたい。


中1 池田 彩花さん(松原校) 『思いもしなかった私の夢』
 小学校の先生になる事。こんな夢、思った事もありませんでした。小六になるまでは。
 小六の三学期に、担任の先生が好きで、「私もこんな風になりたい」という単純な気持ちからだったけれど、「小学校の先生になりたい」と思うようになりました。でも「小学校の先生になりたい」と、小学校を卒業して改めて思いました。それは、たくさんの事を学べた思い出がとても大切に思えたからです。そして、先生に「ありがとう」と思えたからです。私がもし先生になったとしたら、こんな風に思ってもらえたらうれしいなと思います。最大限の力を出し切って、いろいろな事を伝えたいと思います。私が先生になったら、こんな気持ちを大切にしていきたいと思います。
 でも反対に、先生になりたいという事について、こんな心配をしてくれる人もいます。「幼稚園の先生の方が向いているんじゃないの?」と。なぜなのかを聞くと、「怒らないといけない時に怒れないんじゃないの?」と言ってくれました。確かに私は、そんな所があります。でも、そんな性格に負けないような、強い意志もあると思います。だから、あきらめたくないと思います。くじけそうになる事もあります。その時は、家族や周りの人が支えてくれます。だから、がんばれると思います。
 夢は、人生は、はじまったばかりです。あきらめない事を忘れず、強い意志を持ち、これから努力していこうと思います。


中1 野間 美咲さん(尾崎校) 『私の将来の夢』
 『十歳のきみへ』という日野原重明先生著の本に、私は小学六年生の時に出会った。先生は九十六歳の現在も、現役の医師として活躍している。自分の寿命という与えられた時間、「使える時間」を“他人のため”に使っているという先生の生き方に、私は大変心を打たれた。本の中で先生が言う、
「“他人のため”に自分の時間を使うということは、自分の時間がうばわれて、損をすることではないのです。それどころか、他では味わえない特別な喜びで心がいっぱいに満たされるのです。」
という気持ちを味わってみたいと思った。だから私は将来、先生のような時間の使い方が出来る医師になりたいと思う。
 そして、今現在の私には、“他の人のため”に自分の時間をどう使うことができるのかを考えた。先生のように病気を治してあげる事は出来ないけど、友達がなやんでいる時、相談にのってあげたり、電車で席をゆずってあげたり、困っている人を助けてあげたい。家族の手伝いもしたいし、私のおじいさん、おばあさんにもたくさん会いに行ってあげたい。
 私は少し分かったような気がする。“他の人のため”に自分の時間を使うということは、
“思いやり”を持つという事だと思う。だから私は、将来の夢である医師になる事を目標に、“思いやり”を持ち、“他の人のため”に自分の時間を大切に使っていきたいと思う。そして、自分らしく、先生のように生き生きと毎日を過ごし、実現できるなら、日野原先生と会って話をしてみたいと思う。

 

 

【佳作】


中2 小路口 佳歩さん(岸和田校) 『看護師になりたい!』
 私の夢は看護師になる事だ。ケーキ屋さんや保母さん、薬剤師・・・・・・色々な夢を経て、中二の今、看護師になりたいと思うようになった。
 そのきっかけは祖母の入院だ。祖母には担当の看護師さんがいた。その人は、祖母の入院だ。祖母には担当の看護師さんがいた。その人は、祖母の点滴の確認や採血、検査の準備等、色々な仕事をこなしていた。時には冗談を言っては笑わせ、時には悩みやぐちを優しく聞く。祖母も信頼しているのか、入院の不安やイライラを忘れたかのようにおだやかな笑顔になる。私はその看護師さんがとてもたくましく見えた。世の中には数え切れないほどの職業があるけれど、人の心も体もいやすことのできる仕事がどれほどあるだろうか。私はそんなやりがいのある看護師という仕事にとても魅力を感じた。ただこの仕事は夜勤等もあり、体力が必要。そして、人の命にかかわる職場なので色々な知識が必要である。
 この夢をかなえるのはとても大変そうだが、少しでもこれに近づけるよう、頑張りたい。十年後、二十三歳の私が白衣を着て笑っていられるように・・・・・・。


小5 寺戸 智華さん(貝塚校) 『小学校の先生』
   「小学校の先生になりたい。」
わたしは今、しっかりそう思っています。
 わたしが「先生になりたいな。」と思い始めたのは小学二年生の時で、「子ども達といっしょに楽しくすごせていいなあ。」という単純な理由からでした。でも、今は「子どもの気持ちの分かる先生になりたい。」と強く思っています。そんな気持ちをわたしにもたせてくれたのは、ある先生との出会いでした。
 わたしは昨年度の半分、学校が不安になり、ほとんど登校できませんでした。
そんなわたしに
「がんばって学校にきてね。」
とやさしく言ってくれる先生ばかりでしたが、学校に行きたくても行けないわたしにとってはつらい言葉でした。でもたった一人の先生だけは
「しんどかったら無理をしなくていいんやで。でも、話したくなったらいつでも待っているからおいでな。」
と言ってくれました。わたしは、私の本当のしんどさを分かってくれているような気がして、なんだかほっとしました。
 それから、その先生とちょっとずつ話せるように、わたしの気持ちが少しずつなって、登校できるようになりました。
 人の気持ちってすごく複雑でむずかしいものだけれど、少しでも理解してあげられる先生になれたらいいなあと思っています。


小6 児玉 梨紗さん(武庫之荘校) 『心のケアのできる看護師』
 私の将来の夢は心のケアのできる看護師です。
 看護師になりたいと思ったキッカケは、病院の先生や看護師さんが働いている現場の様子を見て、医療に携わる人の大切さを知ったからです。私もその一人に加わりたいと思いました。
 私が見たのは『救急救命センター』の番組でした。突然運ばれてきた血だらけの人の命を救うために、全力を尽くしていました。とにかくみんなが急いでいるという印象でした。患者さんへの投薬や点滴などの種類は人によって様々なのに、何一つ間違えずテキパキ行動している様子に感心しました。もちろん、間違えれば命を落としてしまう危険があります。医療や看護をすることの責任はとても重いことだと思いました。
 また、小さい子どもが点滴する時、病院の先生は、針を刺したところに白いテープを貼るだけですが、看護師さんは子供のために、そのテープをちょうちょの形などに切って貼ってくれると聞きました。その小さな心づかいが素敵だと思いました。
 私が看護師になったら、先生ができない部分の心のケアをしていきたいです。
 これからは、お年寄りがどんどん増えていきます。病院の患者さんの半分以上が高齢者になります。曽祖父が病気で入院した時、私は何を言っていいかわからず、いつも黙っていました。亡くなったときは、触ることもできませんでした。亡くなった人を見たのは初めてだったこともありますが、あの時もう少し何かできたのではないかと思います。
 とにかく今できることは、勉強をして看護師資格を得ることだと思っています。目標に向かって一生懸命がんばっていきます。


小6 高宮 彩世さん(まなび野校) 『彩世(世界を彩る)』
 私の将来の夢は、服関係の仕事につくことです。この作文を書くことになり、自分の将来の夢はなんだろうと悩みました。でも、これもあれもやってみたいと思うと、一つにまとまりませんでした。なので、大きく見て、服関係の仕事がやってみたいと思いました。その中でも、特に二つの仕事がやってみたいです。
 まず一つ目は、私は服を自分で絵にかいてみたり、服をコーディネートするのが好きです。なので、自分で洋服をデザインする、デザイナーの仕事がやってみたいです。私がデザインした服を着て、みんなにかがやいてもらいたいからです。うれしい気持ちになったり、自分で、この服を着るとかわいくなるとか、かっこよくなるとか、服で気持ちを変えてみたいからです。
 そして二つ目は、スタイリストです。モデルさんとかのスタイリストさんになって、雑誌の服とかを選んで、服のよさをわかってほしいです。この服と、この服を組み合わせると、もっとかわいくなるよ。とか、みんなに教えてあげたいです。モデルさんにも、もっときれいに美しくなってもらえるように、服で人がかがやけるように。この夢に向かって、がんばりたいです。自分の名前のように、服で世界を彩りたいです。


中1 中橋 暉くん(交野校) 『僕の将来の夢』
 僕は、今まで将来の夢は?と聞かれたら、漫画家だったり発明家だったり様々でした。しかし、それは現実的な夢ではなくあまり真剣に考えていませんでした。ところがある日、突然僕は「弁護士になろう。」そう思ったのです。六年生の始め頃から政治のことや人の為に何かしよう、貧しい国を助けようという『ボランティア』に関心がありました。今でも、その気持ちは変わらないのですが、当時は助けを必要としている国に、米や野菜・肉・薬などを持って行って、一人でも多くの人が普通に生活できれば満足でした。そんな風に思っていた時、偶然法律についての番組を見ていて、被害者が苦しめられて、助からないという事があるのを知りました。時々、そういう人達を見ていると腹が立ってくる事があります。
人は皆、平等であるべきなのに、弱い人たちばかり苦しんでいる現実に、自分が弁護士になって被害者を守り、弱い立場の人の味方になりたいと強く感じました。それが、僕が弁護士になろうと思ったきっかけです。そしていずれは貧困の差のない国を作れる政治家になりたいと思います。
だから今、一歩でも弁護士までの道のりが短くなるように塾に通っています。
まずは、志望高校に入れるように勉強をがんばります。


中1 宮田 健汰くん(那加校) 『ぼくの十年後』
 ぼくは、将来人の役に立つ仕事に就いて働いていきたいです。たとえば、介護施設などで働いていきたいです。なぜ、このような仕事に就きたいかというと、今のぼくは、自分のことばかり考えているし、たとえほかの人が困っていても、自分以外の人にまかせてしまいます。また、ぼくは、友達が変なニックネームでいじめられていたり、バカにされたりしたのに、自分から動こうとせず、最後には、その友達をからかうほうにいってしまう人間になってしまいました。
 でも、中学校では、そういうことがないようにしていきたいです。たとえば、ちょっとしたボランティアをやったり、いろんな活動に参加したりなど、チャンスの場面はいくらでもあります。ぼくは、小学生のころとはちがい、大人への第一歩を踏み出すとても大事な時期なので、友達を傷つけること、人のがんばりを手伝わないこと、ボランティアをしないことは、絶対にやらないようにしていきたいです。
 また、毎日の生活の仕方や礼儀正しくすることなどの基本的な事まで、しっかりとやっていきたいと思います。
 このような仕事は、そんなに目立つ仕事ではないけれど、たくさんの人に喜んでもらったり、笑顔がたくさん増えたりすることは、何かをもらったりすることよりも、もっとうれしいことだと思うので、将来は人の役に立つ仕事をして、たくさんの人によろこんでいただければいいなと思います。


中1 山下 風花さん(和泉中央校) 『夢の扉に向かって』
 「うわぁ、高くて気持ちいいなぁ。」小さいころから高い所が大好きだった私は今、ある夢を持っています。今まで誰にも話したことのない夢を持つきっかけとなったのは、北海道旅行の帰りでした。
 飛行機で大阪に帰る途中、強い風がふいて、機体がゆれた時、アナウンスが流れ、客室乗務員さんが、きちんと説明してくれました。その声にはあせりが無く、にこやかな表情を見て、とても安心しました。客室乗務員さんは飛行機の中でとても大活躍で、いつでも笑顔をたやさず、毛布を持ってきてくれたり、トイレの場所が分からないとき、ついてきてくれました。私はこのとき、人の役に立つその姿にあこがれました。
 私は将来、「客室乗務員」になりたいです。高い所で人の役に立つ、それはとてもすばらしいことだと思います。そのために、今は英語や世界の国々のことを、たくさん勉強しようと思います。それと今、私は人の気持ちを考えることがへただと思っているので、それをなおすためにこれからは、人の身になって考えてみたり、表情を見て今どんなことを想っているのか、何を考えているのか、それを見極められるようにがんばって、夢の扉に向かって走ろうと思います。
 私の十年後は、客室乗務員をあきらめて、大学に通って夢の扉を開けていないのかもしれないですし、もう夢の扉を開けているのかもしれません。でも私は絶対にあきらめません。
 私は「客室乗務員」になって、私も小さい子供たちからあこがれられるようになって、世界中を飛び回りたいです。


中1 瀧川 百合さん(和泉砂川校) 『夢に向かって』
   私の将来の夢は、科学捜査研究所に入る(科学捜査官になる)ことです。
 なぜこの職業を選んだかというと、小学校低学年のころは、警察官にあこがれていました。でも小学三年生になって理科を習い始めたときに、理科がすごく面白いと思い、科学者もいいなぁと思うようになりました。
 その二つの職業が合わさった職業が科学捜査官でした。
 この職業に就くには、理系の高校、大学に入り、国家試験に合格しなければいけません。
 そのために中学一年生の私が今できることは、あたり前のことだけど勉強を毎日コツコツがんばること。日々の積み重ねが大事だということはわかってはいるものの、ついついダラダラしてしまう性格なので、自分を律する心を持つこと。そして自分のことだけではなく、人のためになることをしていくこと。
 私は、この三つが、日常の生活でも、社会の中で働くときも大切にするべき心がけであり、これからの学校生活を送るためにきっと役立つ心の基礎であり土台だと思いました。
 これからも、この三つのことを心に刻みながら、将来の夢に向かってがんばっていきたいと思います。


中2 河ア 蓮くん(住吉浜口校) 『医者になりたい』
 人の役に立つ仕事につきたい。なぜなら、社会に貢献したいからだ。そのきっかけは、七ヶ月前のできごとだった。
 九月五日、十一時五九分、僕は今でも正確に覚えている。この日に、僕の祖父は心不全で亡くなってしまったのだ。彼は十五年間、癌と戦ってきたのだ。初めは血圧が高かったので検査入院した所、癌が見つかった。一度は主治医に「もう手遅れです。」と言われていたのだが、手術してみると、幸いリンパ節に飛んでいなかったので九死に一生を得た。
 僕が生まれてからは、ほんの少しの時間だけ健康だったが、小学校一年生の時に二度目の癌が見つかり、人工肛門をつけないといけないようになり、それから二年後の小学校三年生の時に、急に家で倒れ救急車で運ばれた。原因は、脳梗塞だった。その結果、左身不随で手足が動かせなくなってしまった。そして、三年間の闘病の後亡くなってしまった。
 だから、僕は癌などのさまざまな病気の治療法の開発、薬の研究、また早期発見のできる医療器具の開発を手がけたい。そうすることで、世の中で治療のできない患者達を治療できる病院をつくり、これを世界中に置けるようにしていきたい。
 また、僕の目指す医者は患者の気持ちなどを一番読み取れる医者(=人)であり、今のうちから他人との交流の中で大事なことを学んでいきたいと思う。術も心もきちんと取り扱うことのできる、そんな医者に僕はなりたい。


中2 櫻木 晴日さん(堺東本部校) 『将来の自分』
 私は、大学を卒業してから、『青年海外協力隊』に入団し、途上国の人々の役に立つことが、将来の夢です。そう思ったきっかけは二つあります。
 一つめは、私が尊敬している小学校の先生が、教師のなる前、青年海外協力隊だったこと。そして、小学校の総合学習で『キャリア教育』を学んだ時、エヌ・ジー・オー(非政府組織)の方のお話を聞き、とても感動したことです。そのお話は、食料難でやせ細った子、紛争で重い傷害を持っている子、成人になる前に死んでしまう人が想像しきれないほどいる、という内容です。だから私は、平和な所で、おいしいご飯を食べ、寒かったらストーブ、暑かったらクーラーをつける・・・・・・という生活で終わらしたくありません。一度、自分の目で世界の現状を見て、それを広め、世界中の人へ、『自分は何ができるか。』を考えてもらえたらいいな、と思っています。
 二つめは、先進国が出す、異常な二酸化炭素による『環境問題』についてです。私達は、物が満ち溢れているために、使えるものも捨て、新しい物を買っては捨て・・・・・・の悪循環に陥っています。そして、生産・消却する過程で、排出している悪性の気体により、被害を受けているのは、生き物、そして、途上国の人々ではないでしょうか。途上国が一つもそれを排出していないわけではありません。しかし、先進国の何十分の一でしょう。だから、今までの償いの意も込めて、途上国で精一杯働きたい、と思いました。
 『協力隊に入るまでも大変だ。』と聞きましたが、自分の信念を貫き、途上国の人々の笑顔を支えに、頑張れる青年海外協力隊になりたいと思います。


中2 寺下 和杜くん(和歌山中央校) 『僕の将来の夢』
 僕の将来の夢は、薬剤師のなることです。なぜ、このような仕事に就きたいかというと、ある時、テレビで鳥インフルエンザやエイズなどのたいへんな病気がはやったというニュースが毎日のように流れていました。僕はすぐに治る病気なのだとばかり思っていたのですが、お父さんがエイズは治らない病気だと教えてくれた時は、これは大変なことだと思いました。僕は理科が好きだったので、これからもっと勉強してエイズが治る薬を開発して世界中の人々を助けたいと思ったのです。
まず、そのためにはこれから大学で薬のことについて勉強できる大学に入るために高等学校に進む必要があると思います。でもどの学校に行けばいいのかということがあまりわからなかったけれども、塾のキャリア教育講座を受けてわかってきました。またお母さんにも聞いてみると英語、数学、理科、国語、社会の五教科はいると言っていたので、僕は将来のために苦手な英語と数学をもっと勉強しようと思うと、将来のためだというのが心に焼きついていたのか今まで苦手ですぐあきらめていた英語が集中して出来るようになりました。今では英語が好きになりました。あと苦手な数学を克服してきたいと思い今勉強しています。
 僕は、将来の仕事は慎重に決めないといけないと思っていましたが、なりたい仕事が決まったので勉強が出来るようになってきたのだと思います。おかげで今までよりも、世界中の病気をかかえている人々にその病気が一粒の薬を飲めば治る薬を作れるような薬剤師になりたいという気持ちが強くなりました。


 


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